シヌマDEシネマ/ハリー東森

2016年04月

これまでざっと半世紀、映画を見続けてきて、これまでに良かったと思う作品を挙げてください。と聞かれたら、この作品も忘れてはいけない1本になった。そんな「レヴェナント:蘇りし者」見てきました。

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感想を述べるにあたって、なにから綴ろうかと考えれば考えるほど言いたいことがいっぱい浮かんでくる。鑑賞中も鑑賞後も、こんなにハマった作品は久しぶりである。広角レンズを多用した大自然の映像が良かった。坂本龍一の音楽が良かった。未開の西部で生きる男たちのストーリーが良かった。その俳優陣が良かった。

雑誌スクリーン5月号の解説によると、1823年アメリカ西部の未開拓地が舞台とのこと。ポーニー族やアリカラ族と呼ばれる原住民が登場し、会話の中にイエローストーン川が出てきた。あとからネットで調べてみると、舞台は現在のサウスダコタ州、ネブラスカ州、ワイオミング州といったアメリカ中央北部の辺りか。

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1823年頃だから、大雑把にいえばアメリカ独立宣言から50年後、南北戦争の40年前、まだアメリカの領土は現在の半分くらいで、イギリス、フランス、スペインなど西欧の列強がひしめく、まだ混沌としている時代である。そんな背景を知っていたらもっと面白く鑑賞できたのかもしれない。(画像は当時のアメリカ領土勢力図。ウィキペディアから拝借)

とにかくいちばん感動したのは映像だ。厳しく美しい大自然、その中で生きる動物たちと、同じ目線で暮らす人間たち。撮影現場に出向き、「用意・・・スタート!」で、簡単に撮れるようなものではない、そんなまるでドキュメンタリーのような映像の積み重ねに感動した。

主人公グラスを演じるレオナルド・ディカプリオはこれまでの作品のような、機関銃のように繰り出すしゃべくりは影を潜めて寡黙だった。それに英語より原住民の言葉のほうが多いようだった。グリズリー(灰色熊)に襲われ瀕死の重傷を負ってからは、ほとんど唸ってばかりだった。唸って獲ったアカデミー賞だな。

そのグリズリーが襲うシーンが凄かった。闘いの一部始終がワンカットで撮影されていた。と思う。スクリーンに釘付けになってよく覚えていないがカット割りは無かったと思う。あの熊はCGでも無ければ着ぐるみでもなく、どう見てもホンモノだった。(どうやらCGらしいが・・・)襲われていたのも確かにディカプリオだった。それをワンカットで見せるんだから驚いた。

このシーンをはじめ、原住民との戦闘シーンではその場にいるような臨場感を味わったし、バッファローの群れを狼が襲うシーン、主人公が原住民に追われ馬もろとも断崖から落ちるシーン、銃声の響きに誘発されて起こる雪崩など、どうやって撮影したんだろうという映像にワクワクさせられた。撮影監督のエマニュエル・ルベツキは、前作「バードマン・・・」といい、前々作「ゼロ・グラビティ」といい、驚かされるばかりである。

監督(脚本も)のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥが語りかける深遠で、詩的かつ哲学的な部分も述べたいが、うまく表現できない。息子を殺された男の単純な復讐劇だけであれば、こんなに余韻が残ることもないはずで、これはまた別の機会に。

私の場合、公開中の数ある映画の中から1本を選ぶのは、その作品が面白いだろうと期待するからである。そして期待以上の作品に出会ったときの心地よさは格別で、映画を見続けてきて良かったと、あらためて思うのである。本作は私にとってそんな作品になりました。

ちょっと大切な行事があって、一族郎党を引き連れて東京方面に行っていました。せっかく東京まで行くのであれば、孫も一緒ということもあって、2デイパスポートを事前に購入して、2日連続でディズニーシーとディズニーランドへ。

シーは9年ぶり。ランドのほうは息子が中学生、娘が小学生だったはずだから、おそらく25年ぶりくらいでしょう。今回は3歳になったばかりの孫優先ということで、年齢・身長制限のついたアトラクションになったのはしかたない。それでも「スター・ツアーズ」だけは行ってきました。

その「スター・ツアーズ」。先月末まで公開していた「スターウォーズ フォースの覚醒」の映像や俳優が出てくるオマケがついて、25年前と変わらずやっぱり楽しませてくれた。そして小欄でも述べているけれど、MX4Dで鑑賞した「スターウォーズ フォースの覚醒」での体感と比べると、月とスッポン、提灯に釣り鐘という印象だった。

所詮、座席が揺れようが風が吹いたり光が点滅しようが、テーマパークのそれ専用に作られたアトラクションに、映画館の設備が敵うわけがない。このテのお遊びは、テーマパークに任せておけばいいのだ。MX4Dを備えた映画館は一時的なもので、これから増えていくとは到底思えない。

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ということで、画像はディズニーランドで購入した、R2-D2のポップコーンバケット。孫がまぁ喜んだこと。私の分と2つ買ってしまった。ポップコーンの容器にしては上手く出来すぎていて、どうやら孫よりも喜んでいる ハリー東森 でした。

TOHOシネマズ橿原で「スポットライト 世紀のスクープ」見てきました。いつの頃だったか、我が国でも報道されていたカトリック神父の性的幼児虐待の実態をスクープした記者たちの話。新聞記者の活躍を描いた作品では、ダスティン・ホフマン、ロバート・レッドフォードのウォーターゲート事件を扱った「大統領の陰謀」(1976年)を思い出す。

「大統領の陰謀」は政治的背景や新聞社特有の事情など、取っ付きにくく分かりづらい印象があった。今回も宗教観の違いもありそんな懸念があったが、思ったほどではなかった。弱い者が虐げられ、権威を笠に着た悪いヤツらが平然とのさばる“長いものには巻かれろ”といった考えが罷り通る世界で、その悪いヤツらを地道な取材で追い詰めていく過程は、見ていてやっぱり心地よく応援したくなる。

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その地道な取材を行う記者たちが、マイケル・キートン、マーク・ラファロ、レイチェル・マクアダムスたちで、これまでの作品とはまた違った役どころをみせて印象的だった。特にマーク・ラファロは「アベンジャーズ」の“ハルク”よりずっとずっと良いではないの。アカデミー協会は「レヴェナント」(まもなく公開)より、社会性のあるこっちのほうを作品賞に選ぶわけだ。

この話の要は、単に特定の神父の醜聞を究明しただけでなく、そのことを教会が組織ぐるみで隠蔽していた事実を明らかにしたことが大きい。他社に先駆けて、ひとりの神父の告発を急ぐのか、教会そのものの弾劾まで進めるのか、取材に携わる記者同士の葛藤が、本編での重要な見せ場になっている。この報道が世界各都市に飛び火して、やがてバチカンまで揺るがしたわけだからピューリッツァー賞なんでしょう。

繰り返すが、これが特定の神父だけの醜聞を暴露しただけであれば、世間を騒がせたジャニーズ系人気グループの解散騒動やら、爽やか売れっ子タレントのゲス不倫騒動やら、バドミントン選手のスナックママとの画像流出といった、“センテンス・スプリング”の低俗な暴露記事と変わらないわけだ。(といいながらも、こういう記事をけっこう面白がる自分がイヤになるのだが・・・)

参考までに、以下はウィキペディア「カトリック教会の性的虐待事件」からの抜粋。本作はまさしくこれを描いた話。
アメリカ合衆国で最初にこの件で世間の注目を集めたのはボストン・グローブ紙であった。2002年1月、同紙はボストン司教区の教区司祭ジョン・ゲーガン神父が、六つの小教区に携わった30年にわたる司祭生活の中で、延べ130人もの児童に対する性的虐待を行って訴訟を起こされたこと、またカトリック教会はゲーガンに対しなんら効果的な処分を行わず他の教会へ異動させただけで、それが事態を悪化させてきたと、特集を組んで報道した。

なんばパークスシネマで「ボーダーライン」見てきました。おもしろかったぁ。麻薬犯罪やメキシコからの不法移民といった、アメリカが抱える負の実態がリアルに描かれていて、最後までダレることなく、ホントおもしろかった。

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宣伝チラシのキャッチコピーが「その善悪に境界(ボーダー)はあるのか」。メキシコの麻薬組織を壊滅させるために編成されたチームが、まさしく目的を達成するためには手段を選ばず作戦を実行していくその様子が描かれる。そこには善と悪、遵法と無法、正義と不義、といった境界線が霞んでしまう。

本作で銃撃戦が繰り広げられたフアレスという街をウィキペディアで調べてみた。正式にはシウダー・フアレスという名称で、メキシコ チワワ州最大の都市。アメリカ テキサス州のエル・パソとリオ・グランデ川を挟んで接している。西部劇ではお馴染みの世界だ。

この街は、2012年にホンジュラスの都市サン・ペドロ・スーラに抜かれ、現在「世界で2番目に危険な場所」になっているそうで、コワい。コワい。雑誌「スクリーン」5月号の解説によると、実際にこの街での撮影には、危険を避けるため捜査官が付き添ったそうで、コワい。コワい。

主演は「オール・ユー・ニード・イズ・キル」に続いて、闘う女性を演じたエミリー・ブラント。なんといってもチームに協力する謎めいた人物を演じたベニチオ・デル・トロが「チェ 28歳の革命」以来、久しぶりに良かった。

メキシコの乾いた山肌や雑然と密集した町並みを俯瞰で捉えた映像が印象的だったし、締めつけられて息苦しくなるような音楽も緊迫感十分だった。どちらも今年のアカデミー賞 撮影賞、作曲賞にノミネートされていたそうで、な~るほど。

映画『ボーダーライン』予告編
YouTube: 映画『ボーダーライン』予告編

原題が「Sicario」。スペイン語で「シカリオ:暗殺者」を意味するらしい。邦題の「ボーダーライン」のほうがぴったりのタイトルだと思ったが、物語の終盤、この暗殺者の意味が判明し、な~るほどと納得した ハリー東森 でありました。

先日届いた交付通知書を市役所に持参し、個人番号カードをもらってきました。おそらく我が国の中でコレを持っている人はまだ少ないんでしょう。これがホンマもん。

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それにしてもデザインはもうひとつだし色使いが悪い。顔写真がさらに悪いから、なんかアダルトビデオショップの会員カードみたいだ。有効期限が2025年の10年後かぁ。それまで我が身がもつのかい。

市役所に隣接している図書館に初めて行ってみた。これからは図書館を大いに利用するつもりで、図書カードを申請した。身分証明に、このもらってホヤホヤの個人番号カードを提示してみた。「へーえ、これが個人カードですかぁ。初めて見ました」と、受付の女性。そうでしょう。そうでしょう。

しかし、身分証明はいつも携帯している運転免許証で可能だし、当面は特に使うことも無いはず。次に使うのは確定申告(e-Tax)の電子証明くらいだから、それまで机の引き出しに仕舞っておくことになるんでしょうか。

数日前からのニュースで、このマイナンバーの報道が久しぶりにとりあげられたと思ったら、システムのトラブルでカードの配布がスムーズにできていないという内容。システムの検証、運用準備を十分にやってから導入するのは当たり前のことで、やっぱりフツウの会社では考えられない。メディアもこの件については、後ろ向きな事柄ばかりを取り上げているような気がする。

どうもこの制度、前途多難という印象は拭えない。役所のみなさん、その利権に群がる企業のみなさん、実施計画をきちんと立てて、計画通り実行できるようがんばっていただきたい。

所用で大阪に出たついでに映画を見てきました。いやいや映画に対して “ついでに” は失礼でした。見てきたのは、前作「ジョン・ウィック」でクールな殺し屋で魅せてくれた、キアヌ・リーブス主演の「砂上の法廷」。まぁまぁ面白く、ガッカリさせられることはありませんでした。

父親殺しの容疑で逮捕された高校生の少年を弁護するのがキアヌ・リーブス。その裁判の開廷から判決まで、法廷での様子が描かれる。事件の経緯が、証言者の話や関係者の回想形式で明らかになっていく。父親から母親へのモラハラ、DV。父親と息子の確執。などなど。

果たして、少年は父親を殺害したのか、はたまた母親をかばっての身代わりか・・・。判決はどう出るのか。真犯人は別にいるのか・・・。ダレることなく、最後まで引っ張られました。

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殺害された父親の妻であり、被告の母親を演じるのがレニー・ゼルウィガー。映画でお目にかかるのは「ミス・ポター」以来だから10年ぶりになる。ポチャポチャっとした印象からややお痩せになったか、だいぶ印象がちがいました。お元気そうでなにより。それでも47歳。やっぱり老いは隠せない。

原題が「The Whole Truth:完全な真実」。大体からして“真実”という言葉自体が 真 の 実 なのに、それが 完全 とはどういうこっちゃ。になるのだが、物語の最後にその“完全な真実”を提示されたとき、な~るほどと思いながらも、なんともイヤな後味の悪さを感じてしまった。

後になってよ~く思い返すと、結末に向かっての様々な伏線が張られ、上映時間94分と短く簡潔に、上手くまとめられていた。しかしこういう結末は好きではない。その理由を延べたい(コメント参照)のはやまやまだが、明かすわけにはいかない。繰り返すが後味は悪かった。タイトルは原題通り「完全なる真実」のほうがインパクトがあって良かったかも。

そんな後味の悪さをかみ締めながら、その日の“所用”である心斎橋の飲み屋に(飲めないくせに)向かい、口直ししてしまった ハリー東森 なのでした。

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